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2006.12.06
「第九」初挑戦今年、私は「第九」の合唱に初挑戦した。
母校である甲南高校が、創立100周年を迎えるということで企画されたのが、卒業生や甲南にゆかりのある人たちによる第九の演奏会だった。
今年の1月、合唱団員募集の新聞記事を見つけた友人の誘いで、私は参加をあっさり決めた。しかし、2月から始まった練習で、まったくの初心者の私にとって、第九の合唱がいかにハードルが高いかを思い知らされることになる。
まず、恥ずかしいことに、楽譜が読めない。なので、メロディーがわからない。加えて歌詞がドイツ語。もうお手上げ状態。これは、ひたすら練習するしかない。演奏会は9月29日と決まっていたので、2月から9月までの8カ月間、隔週から毎週行われた練習に地道に足を運んだ。
そして迎えた本番当日。リハーサルの時にハッと気づいたのだが、楽譜を見なくてもメロディーが頭に入っていて、ドイツ語の歌詞もいつのまにか暗記していた。練習の成果か、驚いた。
本番は、もう指揮者しか見えなかった。彼の一挙一動に神経を張りめぐらせ、完璧に集中して歌いきった。完全燃焼。
演奏が終わった直後には、客席からの大拍手に包まれ、それが心にしみて気持ちよかった。
この合唱の練習のおかげで、友人とまるで学生の頃に戻ったかのように頻繁に顔を合わせられたのは、本当に楽しかった。そして、すべて終わった後、体中を満たした達成感は、なかなか味わえるものではないなと思った。また歌いたい。そんな気持ちが芽生えた。
ちなみにこの演奏会の模様は、テレビで特集され放送されたらしい。残念ながら見逃してしまった私のために、友人が上映会を開いてくれる予定だ。
さて、私たちの合唱はどんなふうにお客さんに届いたのだろうか。
(坂)
2006.11.06
限りなく孤独に近い休日
皆様こんにちは、私この度南方新社に入社致しました鮫島と申します。ロックンロールを愛する29歳、男子にございます。
さて、独り身の男性において休日の過ごし方というものは大きな問題となって参ります。昼間から酒を呑む、仲間を呼び街頭に繰り出す、様々な過ごし方を皆様されているのではないでしょうか? 先日、二カ月ぶりに散髪をした私は突如海に行きたくなる発作を催しました。日曜日の午後三時、若干嗜んでおる波乗りをすべく独り江口浜へと向かうのでありました。しかし! 到着した江口浜は全くのベタなぎ、とても波乗りなどできる状況ではありません。この辺りがエセサーファーの浅はかなところです。普通ならここで諦めて帰るのでしょうが29にもなると段々厚かましくなってくるもの。こんなこともあろうかと私は車に積んでいたYAMAHAのアコースティックギターをおもむろに取り出し、歌い出すという行動をとることにしました。最初は近隣の皆様のご迷惑にならぬよう、控えめに弾いていたのでありますが東シナ海に落ちてゆく夕日が余りにも美しいものですから俄然ヒートアップ!!「なんだか俺ボブ・マーリィみたいじゃん!!」と勘違い、且つ発狂しながら放歌、放歌、集中放歌する次第でありました。しかし、オーディエンス及びレスポンスは波の音のみという状況に若干の虚しさを感じ夕日が完全に沈み切ったところで独演会はお開きと相成りました。
ここ何年かではありますが、独りで過ごす時間を大切にするようになりました。独りで山に登る、波乗りに行く、旅に出る。勤め始めるようになり、笑っちまうくらいに毎日はただもう過ぎてゆくようになると、時々山や海や知らない街に身をゆだねて日常を一度リセットしてしまいたくなるのです。自分とまわりの環境だけになる、と言いますか。するとまた次の日からうまく日常に戻れるような気がします。少しばかり大げさではありますが。
(サメ)
ということで、江口浜や開聞岳あたりで独りテントを張っていたりギターをかき鳴らしていたりする青年がいても決して通報や投石などなさらずに、温かい目で見守ってあげてくださいね。それでは明日からは結婚する友人の祝いに箱根に行って参ります。皆様も素敵な休日をお過ごしください。
2006.09.19
◎たまごの話久々の通信です。前回は2月14日。フキノトウの大収穫に大喜びの私であったが、あれから7ヵ月、いったい何をしていたか。
(お母さん編集者Tでした)
実はこの8月、高校の同窓会総会、つまりおじいちゃんから新卒の大学1年生までが集まる大同窓会の幹事学年にあたっていて、とても多忙だった。それと言うのも、南方新社が学年同窓会の事務局になっているのだ(社長も同級生)。私は当然のように様々な作業や連絡に追われ、最後の1、2ヵ月は仕事してるのか同窓会事業!をしてるのか分からなくなるほどだった。
ま、ともあれ同窓会は無事に終了。さて仕事にシフトしなければというところで、この間、満を持して発刊した『おかあさんのたまごのはなし』の売り込みにかかっている。
まず8月末、薩摩半島北部地域の保健所を訪ねてまわる。隣町の役場に勤める同窓生が「同窓会、よくがんばったからご褒美ね」と、休みをとって案内してくれた。顔見知りの人が多く、みんな反応がいい。保健師さんが助産師さんに紹介してくれるとか、妊産婦さんの検診で案内してくれるとか。後日まとまった注文もきて、営業は大成功。感謝、感謝。
そして9月6日、紀子さまに親王さま誕生!の日、東京へ。新聞社や雑誌社、書店など。でもこちらはなかなか反応が一定しない。なんだか変わった本だし、子ども向けだか大人向けだかはっきりしないとか…。そうか。
ここで、『おかあさんのたまごのはなし』の内容を少し紹介します。
この本、絵本と医学書(!)の2部構成になっている。見た目は完全に絵本。これがいい出来なんです。(HPで立ち読みできますから、ぜひ見てください)
後半の解説は、卵子の話を中心に中学生でも理解できるようにきれいなイラストも添えて平易に書いてあるが、中身は専門的。これは「どんなに難しくても、あるいは、たとえ欲しくても子どもができない方にとってはやや残酷な内容であっても、だからこそ正しい知識がすべての人に、できればまだ若いうちに必要である」という筆者のポリシーによるもの。そしてこれこそが、この本の発刊趣旨でもある。本文最後のメッセージに、筆者(不妊治療専門クリニックの院長)の願いが込められています。
前半の絵本は、後半の知識をもとに絵本作家をめざす女性がストーリーを作り、絵を描いた。彼女の感性のすばらしさに拍手を送りたい(じんときて泣けますよ)。絵本だけでも充分にいのちの感動を呼び起こすことのできる力作であると、自信を持ってお薦めします。
子どもを持つお母さんたちには「もっと早く欲しかった」と歓迎され、保健師さんや助産師さんにも好評。また産科の病院からは、出産祝いとしてお母さんたちに差し上げたいという声もいただいた。
すべての人が対象といいたいが、まずは子どもを持つお母さん方が、真っ先に関心を示してくれるとうれしい。親王さまご誕生で出産ブームがこないとも限らないし…。
久しぶりに力の入った本だったので、つい、宣伝しました。売れるといいなあ。
2006.05.18
着物と「愛の言葉」
大好きな友人の結婚披露宴に出席することになった。
6年前からとてもお世話になっている彼女。知らせを受け取ったのは2月の終わり頃だったように思う。出席するのをためらう理由がなかった。
あまりの嬉しさに「披露宴で歌ってあげるよ」と生意気にも言ってしまった私。さあ大変。私が歌うことにした池田綾子ちゃんの「愛の言葉」という曲は、残念ながら今のところカラオケリストに組み込まれていない。
3月、上京した折、お目当ての綾子ちゃんのライブを堪能。感動うずまいた終演後の物販ブースでのこと。友人の結婚式で歌いたいからCDにサインを入れてあげて欲しいとお願いした。綾子ちゃんは満面の笑みで「○○さん、ご結婚おめでとう。お幸せにね〜」と書き入れてくれた。このCDの4曲目に入っているインストゥルメンタルを流してもらいながら歌えばいいや、と思ったのだ。
この経緯を友人に伝えて、彼女に一足早いささやかなプレゼントを贈った。すると彼女は私の想像をさらに飛び越え、お客様の送迎曲にその曲を使いたい、と言ってくれた。あまりに気に入りすぎて、毎日5回は聴いているとのこと。必然的に、というか、みっともないけれど毎日の車中は大きな口を開けてカラオケボックス状態と化した。
5月14日。
会場は香川県高松市のホテル(そう。前日、私は荷物を抱えて高松空港に降り立った)。前日はしとしと雨の天候だったのに、スカッと晴れ渡った青い空。
香色の訪問着に若草色の重ね襟と帯締めできゅっと着付けていただき、ヘアスタイルもロックな感じ(笑)。こんなときでないと着る機会もないので、頑張って鹿児島から持参したのだ。協力してくれた母にも感謝。
披露宴会場では本当に「愛の言葉」のインストがさわやかに鳴り響いていた。否応なしに緊張感が高まっていく。
新婦である友人は、美しく、とてもとてもかわいくて、ご主人の優しさを全身に受けていつも以上に光り輝いていた。
いよいよ本番の時が来た。彼女から今までたくさんもらった優しさと思いやりの気持ちを込めて歌った。最初は緊張のあまり、目線をどこに定めていいのか分からず、しかも目線の先には真正面にビデオカメラ……。つくづくプロのアーティストの実力と度胸を思い知った。
声がうわずり、音を1カ所はずすも歌詞は全部覚えていたので何とか終了。皆様から拍手をいただいてぼおっとしたまま席に着く。それからやっと私の食事タイムは始まったのだった(笑)。
出席者全員がにこにこの中、無事、披露宴はおひらきに。彼女の幸せな笑顔に少しでも貢献できたとしたらありがたいのだが。幸せいっぱい、胸いっぱいの思いで部屋に帰った。
……その後の私はというと、着物のたたみ方をすっかり忘れていたため、やっとの思いで畳紙にしまいこんで実家に送り返したのだった。もちろん、さぬきうどんも忘れずに。 (ふく)
2006.04.03
心に働きかける言葉
2月某日。市電に揺られながら何気なくアミュプラザを見ると、大きな広告が目に入った。ピンクのハートマークの上に次のような文字が。
「楽園は 遠い国より 彼のそば」
バレンタインデーを間近にしての売り出しの広告だったと思うのだが、この言葉を読んだとき、なんだか心が温かくなる気がした。
「彼」に当てはめるのは、恋人だけに限らず、旦那さんや息子さんでもいいと思う。誰かのそばが楽園だなんて、忙しい日々に追われていれば、忘れてしまう気持ちだろう。今、その人と一緒にいられることが、きっと幸せなことなんだろうなと一人で勝手に納得したりした。
そういえば数年前。初めて東京に行った時、駅の構内かどこかに貼ってあった航空会社の広告を今でも思い出す。飛行機を背景に2人の男女が少し距離をあけて向かい合って立っている写真の上に、
「距離は人の心を変えるのだろうか」
との文字が書かれていた。
遠距離恋愛中の男女、単身赴任の旦那さん、一人暮らしの子供さん……。距離で人の心が変わってしまうなら、それは切ないなとしんみりとした気持ちになったのを覚えている。
飛行機は、遠い距離を飛び越えて心を繋いでくれている。
チョコをいつもよりたくさん買ってしまったり、飛行機であの人に会いに行こうかなと思わせたり、こんなふうに心に働きかける言葉に出合うと嬉しい。そんな言葉を本のタイトルや帯の言葉に、うまくあてはめることができればいいのにといつも思う。もっといろいろな言葉に影響を受けながら、自分の発想力を高めていけたらいいなと思っている。 (坂)
2006.03.14
春うらら
2月19日
「高校の創立100周年記念で第九の演奏会があるんですって。参加しようかと思って」という坂元さんの言葉に、私もその気になって参加することに。で、今日はその練習初日。体をほぐすことから始まって声の出し方の練習。一度日フィルの合唱に参加したことがあっても2、3年前だし、初歩からの練習でよかった。先生の教え方はユニークで楽しい。鼻をつまんで声を出したりする。顔の筋肉も動かすので、いかに顔の表情がこわばっていたかよくわかった(ストレスためてる?)。身も心も軽くなって歌いたいもの。9月の演奏会までには様になるかな。
2月25日
友達と『ポビーとディンガン』を観て中村哲さんの講演会に向かう途中、お母さん役の女優さんが誰かに似ているという話になり、「えっとほら、『アニー・ホール』に出てた人、誰だったっけ」「ウディ・アレンとほら」、と名前が出てこない。「こんな時、Oさんがいるとね」、なんて言っていたら同じ映画仲間のK氏が向こうから来るではないか。彼は映画館に向かう途中で、どの映画にするか思案中。映画の情報交換となり、早速今観た映画の話をして彼に聞いてみるが、彼も名前が出てこない。彼が観てよかったという『アサルト13要塞警察』の話になり、リュックから取り出したのがキネマ旬報(さすが、携帯している!)。ぺージを繰るうちに目に飛び込んできたのが、『アニー・ホール』のタイトル。DVDの紹介があるではないか。あった、主演女優はダイアン・キートン。ああ、スッキリした。
と、そこへ今度は、O氏登場。なんと、これから『ナルニア国物語』の先行を観に行くところ。噂をすれば…。手早く状況を話して意見交換。彼は『ポビー〜』はお気に入りという。私も好きだがK氏のタイプではないかも、という話をして別れる。
講演会はすでに始まっていた。終わると、今度はNGOで一緒のHさんとMさんから声がかかった。「あら、来てたのね」。で、4人でしばらくお茶することになり、時間が来たので二人を残し、『ミュンヘン』を観にアミュへと向かう。ぎりぎりセーフ。
映画を観終え、講演会で聞いたアフガンの現状も思いながらドーンと重たい気分を抱えて、パンフレット売り場に向かったら、あれ、大学の時の同級生がいるではないか。聞けば息子と娘を連れて『博士の愛した数式』を観たところ。原作がよかったので子供と観に来たという。赤ちゃんだった男の子がもう大きい。そんなに時間が立ったのか。会いたいと思っていても、なかなか会えないでいたのでうれしい邂逅だった。少し疲れてそうなのが気にかかる。またゆっくり話そうねといって別れる。
ということで、この日はよく人に出会う日だった。ときどきこんなことがある。おもしろいですね、人の世は。
3月7日
新刊発送でバタバタの中、鶯の初音を聞く。最初は遠慮がちだったのが、だんだんにうまくなる。口笛で真似てみる。また聞こえてくる。このところ通勤途中の高速からも、そこここに山桜が見える。気の早い近所の桜はもう満開を迎えた。春うらら。春の衣が翻る。やわらかい光が心地よい。
3月11日
知り合いに前売券をいただき二科展を観に行く。なんだか暗い色調の画が多いのが気になる。世の中闇が増えている? もっと光をと言いたくなる。光といえば、昨年暮れに観た高島野十郎の「睡蓮」の画を思い出す。モネの睡蓮と違って一輪一輪くっきりと、水上の光の中でそれぞれに輝いている。その光と構図のバランスに、目が離せずしばらく観ていた。その前に観た、闇を照らす食卓の蝋燭とも、孤高の月とも違った、光の中の輝き。生涯独身を通し、己を磨いた人の遺作がこれと知り、なんだか救われた気持ちになった。彼の作品には魂を感じた。そうそう、撮影の名匠ジャック・カーディフも、自伝を読むと名画を観て光の描き方を研究し、映画撮影の参考にしたという。光は魂? 光を持つ本物の芸術を見て、聞いて、読んで、自分も己の闇の中に輝きを見出す術を得たいと思った。なんて、かっこつけすぎか。
(Kuro)
2006.02.15
◎雇用者に「入会権(いりあいけん)」はあるか
──あるいは、病気で仕事は休んでも食欲は衰えないアホ社員日記
先週、私はこの南方通信の締め切りというのに、すっかり寝込んでいた。インフルエンザならぬ「骨病み(ほねやん)」であった。一応風邪なのだが、熱はせいぜい38度、セキもくしゃみも鼻水も出ない、ただ喉と関節、つまり骨が痛むのである。ひどく。そして時々襲ってくるいやーーな悪寒。娘から息子へ、普通に風邪の症状で伝染してきたものが、どうして私の所で「ほねやん」になるの? ここ数年、風邪など気合で吹き飛ばし続けてきたはず、インフルエンザさえ10年も前に保育園からもらって以来かかっていないのに…。
とにかく体力がなくなっているのは事実らしく、都合5日(欠勤2日半)もかかって何とか回復、晴れて出社と相成った月曜日(13日)のこと。
社員が車を停めている庭の片隅に、かなりの数のフキが生えていることを、引っ越してきた当初から私は知っていた。そして、少しずつ暖かくなり始めた2週間も前から、そこここに小さなフキノトウが芽を出し始めていることも。1週間、じっくり庭を見る時間がなかったのが実に気がかりだった。
よく晴れた昼下がり。私はいそいそと庭に出た。右手にカッターナイフ、左手にスーパーのビニール袋。お供は相方の鮎川さん。「どこ? どこ?」という彼女を尻目に、スパスパとフキノトウの根元を刈っていく。彼女は山菜採り経験2年目。それでもじきに、「ありました!」と自分でも探し出しては切り取っていた。思ったよりたくさん出ている。ならば、小さいサイズは採らずに置いておこう。
ところが、その頃になって気づいたことがあった。もしかして、この土地は社長のもの……?
わが社長も無類の自然派、このフキノトウを楽しみにしているに違いない。それを許可も得ずに勝手に採るなんて。うーーーん、果たして社員に入会権はあるのか。しかしすでに袋は満杯。隠すべくもない。仕方がないので自首する事にした。
とんとんと社長のイスの横にある戸をたたく(わが社に社長室はない)。はーい、と機嫌よさそうな声。ほっとしながら「ほら!」と、いかにも食べごろのフキノトウを目の前に差し出した。
「おーー、庭にいっぱいあるよ」
「はい、もうたくさん採っちゃいました」
「あー、そう。わしも金曜日から目をつけてたんよー」
「はい、私は2週間も前から……」
とんでもない社員である。一応、社長にも山分けして、その日は数人でいただいて帰りました。次の収穫時にはほかのみんなにも分けようね。
ちなみに、昨年の『野草を食べる』(川原勝征・著)に続き、今年は4月初めに『野生植物食用図鑑 琉球─南九州の草木』(橋本郁三・著)という、沖縄から奄美、南九州の野生植物の本が出ます。その著書20冊以上という植物生態学者の最新の花紀行。沖縄の各島にも足をのばしてます。お楽しみに。2006.2.14(編集者Tでした)
(写真・小社敷地内にお目見えしたフキノトウ 2月17日撮影)
2006.01.24
高島野十郎展 in 福岡
NHK教育TV「新日曜美術館」で、また気になる絵画展の紹介をしていました。それも福岡で開催とのこと。しかし一人で行くには正直心細く感じて、1月6日の夜、一緒に行かないかと実家に電話をしました。ところが、予報では大雪とのこと。母は寒さに耐えられるほど体調に自信がないとのことで残念でしたがあきらめたのでした。
ところが予報は外れて、7日は晴天。その日の午前に母からやっぱり一緒に行く、との返事をもらい、8日の日曜に出発。両親、弟、私、なぜか、愛犬ぴかっちまで(笑)。
溝辺からは休憩も入れて、3時間。場所は福岡県立美術館。
高島野十郎(本名・弥寿)は福岡・久留米の出身。東京帝大の水産学科を首席で卒業、その世界での将来を嘱望されながらも、自らの強い意志で画家を志します。
しかし、画壇や賞などとまったく縁のない道を歩み、仏教の世界観、慈悲の心で物と向き合い、己と格闘。卓越した写実主義を貫いた人ですが、海外での研鑽も積み、ゴッホやモネなどに影響を受けたであろう作品も少なからずあります。
描かれたすももや、からすうり、菊の花、ヤマブドウ、月、蝋燭……。どれもが写真から転写したかのような、デッサンの確かさがあります。
私の好きな画家の一人、ヤン・ファン・エイクは、遠近法に独自のユーモアを交えて、絵の見せ方にトリックを使っていますが、野十郎は真実をあるがままに捉えて、そこに仏教観を投影するという、私がとても惹かれる表現をしています。
物はいつか朽ちて、果てます。今、生きている私たちも、酷ですが、その一途をたどっています。
その一瞬を捉えることの、美しさ、はかなさ、厳しさ。全ての讃歌がここにありました。
絵から、温度が伝わってきて、なんだかとっても離れたくないようにさえ感じました。 行ってよかったと本当に思います。
6月には東京・三鷹でまた展覧会が開催されます。バースデー割引をつかって、土日だけでもまた行こうかなと思ったりしています。
思わぬ日帰り旅行でしたが家族で行けたことに、感謝感謝。
最近は野十郎の図録を見てから寝ている私。
あああ、大好き。アートは幸せにしてくれます。
(ふく)
2006.01.10
私的な10大ニュース
2006年がスタート。そして新年の第一回目の南方通信。ということで何を書こうか悩んでしまった。その結果、とりあえず私の2005年の10大ニュースを勝手に振り返ろうと思う。
1月9日 アミュプラザのクッキングスタジオに通い、「キャラメル豆乳プリン」をマスター。この時期、何かにとりつかれたように家で頻繁に作っていたが、次第に飽きる。
2月26日 「アレグリア2」を観に日帰りバスツアーで福岡へ。サーカスを間近で観たのは初めて。笑いあり、ハラハラあり、感動あり。
4月1〜2日 福岡出張。『九大理系研究室』の営業。南方新社福岡事務所の石田さんと初対面。とてもパワフルな方で、元気を注入される。
4月6日 念願のアジアン・カンフー・ジェネレーションのライブ。オールスタンディングのため、好位置をキープするのに窒息しそうになる。
4月22〜24日 屋久島出張。『ジェーン 屋久島・伝説のアオウミガメ』の営業。三度目の屋久島。トッピーよりフェリーが好き。片道四時間かけてのんびり往復。快適。
6月16〜19日 沖縄へ社員旅行。ビールも焼酎もダメな私だが、なぜか泡盛はイケる。
9月5日 台風接近。この日から東京へ行く予定だったが、台風で飛行機が欠航。泣く泣く旅行をキャンセルし、傷心のため会社を休む。
10月某日 遅れながらも奇跡的に鹿児島でも公開された映画「メゾン・ド・ヒミコ」を観る。オダギリジョーがただひたすら美しい。2005年のマイベストシネマ。
11月2〜5日 リベンジ。今度こそ東京へ行く。お台場のフジテレビでゴリエを目撃。本当にあんな格好をしていた。ちょっと衝撃的。
12月 女性作家の小説がマイブームに。島本理生の「ナラタージュ」が好き。読んだ後の余韻を今でも思い出してしまうほど。
去年はこんな感じだった。
さて、2006年。充実した一年になるよう、行動を起こしていきたいと思っている。
今年もよろしくお願いします。 (坂)
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