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| ● 南日本新聞96・8・6記事 1993(平成5)年の「8・6水害」から三年。みぞうの大水害で流出した鹿児島市の武之橋を追悼する絵本「たけのはし―甲突川五石橋」(南方新社刊)が5日、発売された。 作者は幼少時、武之橋近くで育った小林孝子さん(40)。小林さんの童話には、実弟の藤浩志さん(35)のさし絵が添えられている。 藤さんの絵は、水害と橋の撤去を報じる新聞記事の上に、鉛筆と絵の具で描いてある。武之橋の絵の中に、「命も文化財も保護を」「なすりあい続く県と市」といった新聞の見出しが透けて見える。 童話は「道や橋がただの交通の道具ではなく、子どもたちの遊び場でもあったころのお話です」で始まる。主人公の姉妹が、橋向こうにある四つ葉のクローバーを求めて、初めて武之橋を渡る場面などが描かれている。巻末には郷土史家の平田信芳さんによる「甲突川五石橋と武之橋」の解説文もある。 小林さんは「武之橋をはじめ甲突川五石橋の貴重さと、これからの鹿児島の街づくりについて、大人から子供までもう一度考えてほしかった」と話している。 ● 熊本日日新聞96・8・26一面コラム「新生面」 鹿児島から美しい二冊の本が送られてきた。一つは樋渡直竹さんの「石橋幻影」。もう一つは、こばやしたかこ・文、ふじひろし・絵「たけのはし」。いずれも鹿児島市を貫流する甲突川から消え去った五つの石橋に捧げられたレクイエム(鎮魂歌)だ。 絵本「たけのはし」は、まだ道や橋がただの交通の道具ではなく、子どもたちの遊び場でもあったころの話だ。作者のこばやしさんは“古武士のような風貌”の武之橋の近くで生まれ育ち、現在は京都在住の主婦。絵は鹿児島で石橋保存運動に奮闘してきた実弟の筆による。 これらの石橋は、奄美の黒砂糖専売で財政改革に成功した調所(ずしょ)広郷が、大量物資輸送社会を予見して、計画したものだという。いわば、幕末の薩摩藩が進めたインフラ整備だ。それ故にまた、新たな都市計画の前には消える運命にあったという見方もできようが、鹿児島市民は石橋のある風景を見て育ち、限りない郷愁と潤いを感じてきた。 もし、これがセーヌ川であったなら、果たして。失って初めていかにその存在が大きかったのかを知らされる。 |
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